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アダムとイブの物語は有名よね。

だれでも知っているでしょ。

でもね、キリスト教の気持ちの悪い神学によるとイブがりんごを取って食べたので、

人類に原罪が入ったなんてわけの分からない説明しているでしょ。

 

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 林檎の木なんか最初からはえていなかったの。

イスラエルの賜物のカバラをまるっきり理解できない人たちなの。

イブはね人類の母親であり、とても聡明な元祖仙女のような清明な人なの。

そのことが創世記に書かれているの。


 人類にサタンの悪だくみから逃れる方法を示した仙女なの。

どういうことかわかる? 

イブはねサタンに騙されて、取って食べてはいけない木から、

取って食べた時にすぐ目が開けたでしょ。

アダムも同じよ。それで自分たちの裸に気が付いたの。

自分が神様に対する信仰を欠いていたという、はだかの恥に気が付いたのよ。

それで二人していちじくの葉で体をおおい隠したでしょ。

聖書をよく読めばわかるけど、いちじくは信仰の象徴なの。

はだかの恥をおおいかくすために信仰を身につけたと暗示しているの。


 そしてそむきの罪を懺悔して神様から皮の衣をいただいたの。

これは神様からの賜物よね。その賜物をいただいてから、

楽園を追放されるのだけれど、これは神の子として生まれた二人が、

サタンに唆され罪を犯したので、死ぬ体になってしまったことを意味しているわ。


 その後二人は結ばれるでしょ。これは神様のいいなずけ同志が

結ばれることを意味していて、キリストと人間が結ばれて救われることを

暗示しているの。だから結ばれた二人は命の木への道を守らせられたと書いてあるの。


 整理すると、人間はこの世に来てサタンに唆され騙されるの。

そこで罪の苦さを知り、だまされたと気が付いて信仰に目覚めるの。

苦さに気が付かず、罪の味を甘いと感じ酔いしれたらそこでアウトなの。


 信仰に目覚め懺悔して悔い改め、そして神様から賜物をいただき

キリストと結ばれるの。そしてこの世にあるうちに命の木にあずかることを許されるの。

 アダムはイブにとってキリストの暗喩でもあるの。

だから「あなたが一緒にしてくれた女が渡したので食べました」と言ったわよね。

これは、アダムは騙されたわけではなかったけど、イブの罪を共に受けたという事で、

キリストが人間にして下さったことでしょ。


 創世記の初めからそのことがカバラにより示されていたという事なの。

驚きでしょ。これがイスラエルのカバラよ。

哲学や神学にとらわれていては一生を棒に振るわ。

イブが原罪を負っているのではなく、この世に来た人間がひとりひとり負っているの。

そこで罪の苦さを知り信仰を知りメシアを知り救われるかどうかの問題なの。


 アダムとイブはキリストと人間の暗喩でもあるけれど、

御父と御子の暗喩でもあるわよ。神道はそのことを百も承知で御父と御子を、

時に伊弉諾尊と伊弉冉尊と示し、ときに須佐之男命と天照大御神として

暗喩で示しているの。

 私はこの御父と御子の関係性を創造の関係性、

キリストである御子と人間の関係性を救済の関係性と呼んでいるの。

人間は神様に似せて造られているの。

その二つの関係性が人間の男女に映されているの。

これがイスラエルのカバラよ。


 私はイエスにより目を開かれその賜物を受けたわ。

神さまがいいなずけにしてくださったイエスが、

何の罪をも犯していないのに私の罪をその身に受け、

死んでくださったことを悟り神様に懺悔したからね。

だから皮の衣を着せていただいたの。


 イブのように目が開けていない人が罪に酔いしれているという事でしょ。

イエスから目薬買ってね。

天照大御神様よ。

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