天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

倒語(さかしまごと)とは神武天皇の頃より始まったと日本書記に記されている。 それは味方にだけわかる言葉を使うということ。 古事記と聖書は倒語で書かれていた。

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 若い人は脳みそが固くなる前に正常性バイアスを外すが良いのだ。
固まってから私たちも見えていないという事かと
パリサイ人のようにイエスに詰め寄っても手遅れだ。
この日本はそのようなバイアスで凝り固まった老人たちが
政治、経済、教育、宗教、報道その他をすべてを牛耳っている。
イエスはパリサイ人のパン種に注意しなさいと言った。
引かれるな。


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 仏陀が五十六億七千万年後と示したのは、古事記の稗田阿礼が用いたのと同じ倒語だ。
古代において先見者は皆味方同士で通用する倒語を用いた。
七五三も倒語のお祝い。仏陀の五六七は七五三に含まれると神道では解している。
その倒語を解さなければ先見者により味方と見做されない。


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 神典類を味わったことのない人たちが肉体とか霊とかを語ると、皆、
私が神様ですと言っている。しかしそれもこの世で神様がお許しになることなので、
それは善しなのだ。怖いのはこの世に神仏の諭しが降りている事を知らないことと、
神仏に敵対する悪神のだまくらかしも降りている事。

 

人類の宿痾の迷信というもの。自分の実家は日蓮宗の檀家だが、
先祖たちは南無妙法蓮華経とか唱えながら盲人の手引きで皆悪趣に堕ちたと思っている。
そのような題目を何万回唱えても解脱できないことは容易に知れるはず。
イエスや仏陀はそのようなことを諭していない。
では転生輪廻は誰が言ったのか。

 

仏教では転生輪廻を肯定している。しかし釈迦がこの世に来た時すでに蔓延っていた、
誰が言ったのかわからない迷信だ。イエスは説いていない。
迷信のはびこる無明において弥勒菩薩が真理をもたらすと仏陀は預言し、
その預言の通りに如来のイエスは来た。迷信が如来の言葉を悟る最大の妨げだと知れる。


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 経験によると、人は蝶形骨でイエスと天照大御神は同一と悟る。
眉間のチャクラだ。この時は二十年来の胃病が癒された。人生観が愛国に変わった。
次に仙骨で父と子と聖霊と仏陀の関係を悟る。臍下丹田のチャクラだ。
骨盤のゆがみがとれ腰痛が癒された。人生観は空境涅槃の梵我一如になってしまった。

 梵我一如を悟り解脱しているがどうかのセルフチェック方法

瞑目して棺桶に入った自分のデスマスクを観想する。
その時に、解脱、救済、祝福、モクシャ、空境涅槃、梵我一如などの言葉が連想でき
安らぎを感じるのならばその人はすでに解脱している。


 


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 日本人には神宮にお参りするのが感謝のしるしだ。
毎日神様にお召し物が供えられる。
しかし神仏はもっと深い交流を望んでいる。
善因において解脱しこの世の後は、
自身を善果のお供物として幽世の神宮に参れと諭している。
日本人よ悟れ。神は人の思いより深く人を思う。
手ぶらでは絶対に上れないと。


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 十字架上のイエスは神のお供物であった如く、人の死もお供物だ。
善因が良いお供物の善果を生らせる。その果に煩悩という毒味があれば悪果だ。
だから煩悩という毒味を滅却し善い果をならせることが解脱。
人は神からの喜捨で生きている。
感謝の善果をお供えしなければどうなる。

 

 神の喜捨に報いる感謝の証が人の解脱だ。
その事に気が付かないこと自体が感謝の欠如を示す。
しかし事は容易ではない。仏陀でも必死の修行で七年かかった。
しかし神はそのために十分な人生時間を皆に与えてある。
しかし放蕩の限りを尽くし恩に報いず終えるのがこの世の習い。
幽世で神はどう報いるか。


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 神示というものには注意が必要だ。
ほとんどが薬師如来の喜捨による開眼を経ず盲人に降りている。
神示の神は仕組みを知りながらその仕組みを目隠しして
見せないように降ろしている。だから盲人にしかおりてこない。
それが巧妙であるがゆえに盲人はいとも簡単に騙される。
神示を読んでも開眼しない。


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 開眼者が言葉を発しても人を開眼させられない。
開眼者にできることは人の目にあるちりを払うことぐらいだと聖書にある。
しかしキリストは違った。弟子を開眼させ神の道を後世に顕した。
キリストの言葉が目薬だ。
目を開かれる。

 

 現世では盲人が先生と呼ばれる。キリストや仏陀の言葉を大学で教えても無益だ。
人伝の学問では開眼しない。盲人が盲人を手引きすれば双方とも
穴に落ち込むとキリストは言った。このキリストの言葉が弥勒菩薩の言葉であり、
薬師如来の施薬だ。はっきりと見えるようになり見えていなかったことを悟る。

 

 開眼者は盲人にあなた見えていませんよと注意を促すことしかできない。
盲人は自分が盲人と知らずに穴に落ちる。
危険を察知した盲人が開眼するための最良の方策は
薬師如来から目薬を買うこと。薬師如来はこの目薬を喜捨して施す。
すべての盲人が乞食に訪れるのを今や遅しと待っているのだ。


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 この世が悪いという事は良識が有ればわかる。
不安を感じる人が、天照大御神やイエスや仏陀を信仰する。
しかし表層的な信仰で不安を拭っても、幽世にある不安は拭えない。
それを払拭するために降ろされたのがイエスと仏陀だ。
現世において奥まったところの信仰が問われている。
神様は全てお見通し。

 現世において奥まったところの信仰が問われている。
それはキリストが命の木の果実であるように、
自分の十字架につき果実となれという事。
それが神様へのお供物だ。このお供物に煩悩という毒味があれば
神は食さない。煩悩は神が食する信仰の良い果実を生まない。
直会にならないのだ。
現世における解脱とは何を意味するかだ。


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 聖書や神道や仏教についてわかっていない人が解説すると、
くどくどと述べるので結局何が言いたいのかわからない。
人はこの世に神との良縁を得てやって来る。そして縁結びの盃を受ける。
この世とは盃事の世だ。それを解さない迷信がはびこり、
煩悩の炎がうねりとなり文明となる。

 人はこの世に神から盃を受けるために生まれてくる。
しかし人はサタンとの姦淫の酒に酔いしれる。
神との盃は水杯となり今生の別れとなる。
その水杯を神酒である葡萄酒に変えたのがイエスだ。
しかし受ける人は少ない。
受けようとしない者をヨハネはバビロンの淫婦と呼んだ。
バビロンは倒れるとも言った。

 

 日本人なら神様と水杯を交わして天国には行けないとわかるはず。
神道においてはイエスを天照大御神としてお祀りしている。
このイエスの盃を拒むことは、ひっくり返せば
天照大御神と水杯を交わすことになる。
その水杯を神酒に変えたのがイエスであり天照大御神だ。
受け方は聖書にしか書いてない。


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