天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

倒語(さかしまごと)とは神武天皇の頃より始まったと日本書記に記されている。 それは味方にだけわかる言葉を使うということ。 古事記と聖書は倒語で書かれていた。

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今日は九月九日。重陽の節句なの。このお節句の重陽の重大な意味日本人は知らないのよ。ほんと困ったものだわよ。後の雛と言ってお雛様を飾ったりする風習があるのだけれども三月三日の桃の節句と陰陽を成しているのよ。それは夏越の祓と年越しの祓の陰陽なのよ。そしてお約束の魔法陣。

 

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三五七は誓約と龍門の鯉のぼりの包丁式と七夕でいいでしょ。意味を取れない人は過去記事じっくり読んでください。

 

九五(十一)一は菊の節句と七五三とお正月なのよ。そして今日のテーマは菊の節句。この菊の節句なのだけれども現代ではあまり行われないわよね。昔は菊花酒を飲んで邪気を払い長寿を願ったりするお節句だったらしいのよ。

 

そしてそのような風習は決まって古い時代に中国から入ってきたと説明されるの。それは間違いではないのだけれども間違いでもあるのよ。正しくは天照大御神という神様を携えた日本人の祖先がシルクロードを経てこの国まで運んできたということなの。

 

その足跡が大陸に残っているだけなの。その足跡だけの中国はマルクス主義に堕してしまっているでしょ。そしてウイグルやチベットをいじめまくりでしょ。そのように無理くり覇権を拡大しようとしていないとたがが外れて北京と上海で分裂してしまうのよ。

 

周辺の分離独立を許してしまうと挙句の果てに中国共産党が瓦解してしまう恐れがあるのよ。中国の政治問題はどうでもよかったわね。閑話休題。

 

日本の重陽の節句の神様は天照大御神なのよ。日本人は知らないけれどもそうなの。九月九日は菊の節句なのだけれどもその御神名を持った神様が日本書紀の一書に登場しているわよ。古事記には登場しないところがみそなのよ。

 

うわ、今いきなり雷様来た。雷鳴と激しい豪雨きた。

 

それは置いといて、伊弉諾尊と伊弉冉尊の千引の岩戸閉めのくだり。日本書記の一書で菊理姫という神様が登場しているの。菊理姫と書いてくくりひめと読ませているのよ。

 

九九と菊なのよ。お分かりでしょ。重陽の節句の神様のなのよ。そしてその菊理姫は白山比咩神(しらやまひめのかみ)という白山信仰の神様と同一神とされているの。

 

伊弉諾尊と伊弉冉尊が岩戸で閉ざされた黄泉比良坂で菊理姫がいきなり現れ、伊弉諾尊に何事かを話しかけてこのシーンは終わっているの。

 

伊弉冉尊が黄泉の国に幽閉されたと思いきや菊理姫として岩戸を通り抜けて伊弉諾尊と言葉を交わしているのよ・・・ちょっとこの記事無理筋かしら。

 

伊弉諾尊と伊弉冉尊が聖書の御父と御子の暗喩で、菊理姫も御子の暗喩で、後に伊弉諾尊が禊するのだけれどもその時に生まれた三貴子との関係は、ノアとセム、ハム、ヤペテの三人の子との関係の暗喩だし。

 

だからセム、ハム、ヤペテの三人は素戔嗚尊、天照大御神、月読命と対応しているし。その三貴子はアブラハム、イサク、ヤコブと対応しているし、素戔嗚尊と伊弉諾尊は同一神だしという複雑怪奇な様相を呈しているのよ。九九の神様と九九九の神様の違いとか・・・ウーンばらばら。 

 

・・・今判った。それ書くなって神様が言ってる。そう理解したら雷様遠ざかってって行った。夏越の祓いは書いてもいいけれども、年越しの祓いの奥は書くなということかしら。黙示録を書いたヨハネも書いてはいけない巻物を食べさせられていたでしょ。私も食べさせられてしまっているわよ。お腹に入って苦くなっているもの。

 

こんな記事でいいのかしら。

 

菊水と菊花酒の陰陽なの。奥深過ぎ。命の水とぶどう酒よ。書き上げようと思って最後まで書けなかったの初めてだわ。疲れた。頭くらくらする。

 

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思うに、預言者の御言葉って必ず含みがあるでしょ。例えばお釈迦様の、一本目の矢を受けても二本目の矢は受けないという言葉は、一度目の死で免れる者は、二度目の死を受けないということで、聖書の預言者のヨハネの黙示と一致しているのよ。

 

それで聖書と古事記と仏伝をまとめて読み込んで、それらで語られている含みっていったい何なのと考えてみるの。

 

そうすると見えてくるのは、人がこの世に来るときは父神から盃を受けるという契約で来ているのねと思えるのよ。それは、善悪を悟り履行されるかどうかという試しの契約なの。それが悟られるべきこととして伏せられているのを良いことに、そそのかす蛇が不履行に持ち込もうとするのよ。

 

たいがいの人はその罠にはまり受けるべき盃をお返ししてしまうのよ。メシアは父から盃を受け、ご自分の羊たちにも盃を受けるよう促されたでしょ。

 

ところがユダヤ人はその盃を受けようとせず、姦淫の杯に酔いしれたの。ヨハネがそう黙示していたの。

 

それはユダヤ人に限ったことではなくてほとんどすべての羊が父神とメシアの盃を受けることを拒み、結果として神様から受ける盃を水臭い水盃としてお返しし、神さまとのご縁が今生の別れとなり、二度目の死を選び取ることに繋がるのよ。

 

聖書も古事記もお釈迦様の言葉もその様な含みで語られているのねと思ってみると、なるほどそうかと合点できてしまうのよ。

 

メシアから送られる助け手との阿吽の呼吸で水がワインに変えられるという、そのような魔訶般若の盃事なのよ。

 

極道の盃事など真似事の学芸会かしらと思えるのよ。

 

盃事は盃事でも、その盃が違うのよ。

 

人の目には映らないから型通りでは済まないの。


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最近あたりまえのように解脱のことばかり書いているけれども、やはりお釈迦様が言われたように女性は解脱できないわよ。神様がそのようにデザインされたのよ。解脱とは男のするべき事とデザインされているの。

 

聖書をよく読み込めばわかるはずと思うのよ。イスラエルが荒野を神様に導かれて進んでいる時の人口調査では、戦える成人男性しか数えられなかったでしょ。

 

メシアの二匹の魚と五つのパンで満腹した時も男が五千人としか数えられていないの。気ままに集まった群衆の中に女子供がいなかったとは思えないでしょ。

 

七つのパンの時も同じ。男が四千人としか数えられていないの。イスラエルにおいては女性と子供は数えられないのよ。それは男には男のするべきことがあるということなのよ。

 

私の見立てでは四千人で仏陀の時を表し、五千人でメシアの時を表しているのよ。二匹の魚と五つのパンや七つのパンにも深い意味が込められていて、悟れない弟子たちが御叱りを受けているでしょ。

 

お釈迦様はそのようなことを悟られていたの。だから弥勒菩薩の降臨を予言できたの。だから男のするべきこととして解脱を教えていたのよ。それを弟子がまるで理解できなかったのよ。今の男女同権妄信の社会とまるで同じだったのよ。だからもう末法を通り越して法滅の時代なの。

 

聖書では成人男性しか戦闘員として数えられていないように、男性にしか解脱はできないの。お釈迦様がそのように言うのだからどうあってもそうなのよ。

 

そのお釈迦様のお諭しを側近中の側近が無視したの。それで末法が預言されたの。

 

女性はね、解脱などと難しいことを考えなくても、メシアを見いだしその衣の裾にすがれば救っていただけると示されているでしょ。子犬でも主人の家のテーブルからこぼれ落ちるパン屑はいただきますと救いを求めた異邦人の女性も救われたでしょ。

 

しかしね、健康で戦える男はその限りではないでしょ。メシアは女性に自分の十字架を背負ってついてくるようには求めていないはずでしょ。

 

神様は女性に解脱を求めていないのよ。お釈迦様はそれを御存知だったの。アダムが創られた時以来この世は男性社会でしょ。理屈の上では男が変われば社会が変わるはずでしょ。

 

しかし戦闘員として数えられている肝心な男たちが神仏の意を汲まず、女性や子供たちのように祈ってばかりいるから埒が明かないの。偽預言者の生臭い説教が蔓延ってしまったのよ。

 

現代では政治や学問の世界がそれに拍車をかけて男女同権思想をこれでもかと推進しているの。

 

日本の先見者たちはその弊害を百も承知だったわよ。だから女神が先に声を発して国生みに失敗したとしていたの。

 

どこかで男が気が付き神仏の意を汲む解脱による夫唱婦随に改めないと、何も生まれてこないと古事記が預言しているのよ。

 

御父と御子の主従。御子とその許嫁の夫唱婦随。それに倣う男と女なの。そのようなことに真っ向から逆らうのが現代の男女同権思想なの。そのようにして仏教が滅んだの。

 

しかし世相を見れば公はもう無理でしょ。このまま何も生まずに終わるわよ。

 

もう気が付いて救われる個の時代よ。

 

気が付けばメシアの御言葉の通りに助け手が送られて来て知らされるわ。


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イスラエルの先見者の預言は思考停止せずに突き詰めて考えると、死ということに直面させられるから怖いのよ。

 

偽預言はいかにももっともらしいお説教で惑わすだけで煙に巻かれるから、死ということから目を逸らされるの。

 

人間の脳は恐怖を避けたがる習性があるでしょ。そこに盲点があるのよ。

 

言い知れぬ不安を喚起する童謡「通りゃんせ」が日本人のその盲点を突いているの。しかし、その時が必ず来ることは知っていても脳が考えることを避けて通るのよ。

 

その結果どういうことが起こるかというとメシアが狭き門から入れと言ったその門を避けて通ってしまうのよ。どういうことに繋がるかというと無意識に予測しながらも避けていた恐ろしい事態に直面することになるのよ。

 

メシアはご自分の十字架上の死によってそのような人達が直面することになる恐怖を肌で感じ、死に際して血のような汗をしたたらせもだえ苦しまれたの。そしてその恐怖を克服して十字架につかれたの。

 

二度目の死とはね、それを免れている人が思っただけでも身の毛がよだつような恐ろしさを伴うのよ。

 

霊性の高い日本人が無意識に直覚する恐怖とはそのことに対する恐怖よ。避けて通らずにメシアに付き随い克服しておくべきことがらなのよ。

 

だから怖いながらも通りゃんせと唄われているの。

 

ルカ22

 43そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。 44イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた。


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この世はね、メシアの水の施しの乞いを平気で無視して、左手で賄賂のやり取りしかしていないのだから相当いい度胸しているわよ。

 

メシアに水をお布施できなければ右手は施しを知らないわよ。仏陀は左手で差し出されたお布施を受けずに、そのようなものは水に捨てろと教えられたの。そのようにしたら水が湯けむりをあげたと伝えられているの。

 

ヨハネは右の手のお布施を知らずに、左の手で売り買いしかできない人の右の手か額に六百六十六の獣の刻印が押されたと書いていたでしょ。

 

ではどうしたらメシアに水を施せるの?となるわよね。メシアの言う水は命の水の暗喩でしょ。人は神様から命の施しを受けこの世に来て、メシアからも命の施しを受け許されているの。

 

そのメシアから水を乞われたら命の水をお返しするしかないでしょ。命でお返しするしかないの。だからメシアは自分の十字架を背負い私について来なさいと御言葉していたの。

 

ついてこない人の方が多いことも知られていたのよ。そのことにメシアをお遣わしになられた父が義憤を発するのは必定でしょ。誰でも怒るわよ。

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国王、政治家、軍人、学者、宗教家、偽預言者、資産家、教師、役人、芸人、サラリーマン、主婦、学生、その他

 

ルカによる福音書 6 新共同訳

39イエスはまた、たとえを話された。「盲人が盲人の道案内をすることができようか。二人とも穴に落ち込みはしないか。

42自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。引用終わり

 

メシアと違って、はっきり見えるようになっても人の目にあるおが屑程度しか取り除くことができないのに、解脱して正見できない盲人が人のために善かれと頑張るから世の中が荒れ、穴ぼこだらけになるの。故に、

 

ヨハネの黙示録 16 新共同訳

8 第四の天使が、その鉢の中身を太陽に注ぐと、太陽は人間を火で焼くことを許された。引用終わり

 

神の怒りの盛られた七つの鉢よ。天照大御神の逆襲よ。熱いでしょ。そう言えばコロナって太陽のことだったわよね。お次は台風十号だって。


十だわよ十。くわばら、くわばら。


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もう九月だから書いてしまってもいいと思うのだけれども、日本の暦の八月はとんでもないことになっているわよ。

 

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この魔法陣が三月、五月、七月と九月、十一月、一月で六か月ごとの二つの大祓の十字架になっていたでしょ。中心の十一月が五で示されるのは七五三の月だからなの。毎月の十五日も月の真ん中でしょ。

 

私の見立てだとこの六か月ごとの大祓は神様の一週間と同じようにデザインされているのよ。神様が六日働いた後の七日目の安息日と同じデザインなの。六日目が七つのお祝いのためのお祓いの日なのよ。

 

一年の内に神様の七日間が二つデザインされ組み込まれているの。そのようにして神様の暦に当てはめてみると二日目は洪水の日なのよ。二つの大祓の二日目は節分の豆まきの二月と八月なのよ。豆まきの鬼は外って神様の洪水と対応しているのよ。


神の十二 (2)

 

問題は八月なの。六月七月八月は夏越の祓いと年越しの祓いが連結している時期で、六道の悪趣から七夕の安川を渡御し八正道の涅槃へという含みを持たせてデザインされているの。

 

私ね、八月八日がきっかけになり覚醒させられているの。その時は私にとって八が九つならんだ暦上の日だったのよ。もう三十年以上前。そして今年の八月八日にもまた覚醒させられてしまったのよ。

 

問題は八月なの。涅槃の含みがある八月だけれども年越しの大祓に向けた二日目に対応しているでしょ。日本の八月の暦は見事に神様の洪水に対応しているの。

 

六日と九日と十五日。十五日は八月の中日の七五三の日なのだけれども終戦記念日になってしまっているでしょ。六日から九日にかけても日本人には忘れられない日でしょ。

 

その八月十五日の記念日なのだけれども私に言わせると、葬式仏教と葬式神道が重なってしまっている日なのよ。

 

それをどの様に理解するかというと、八紘一宇の掟破りに対する天誅の記念日なの。ノアの時の洪水とその意味するところはまるっきり同じなのよ。

 

しかし日本人はその掟破りについてまるで悟らないし、何をどのように悔い改めて良いのかまるで知らずに記念日としているの。

 

それは日本人に限ったことではないでしょ。この事のあった年の三年後には致命傷を受け死んだと思っていた獣の傷が癒え海から上がってきているでしょ。

 

それでも神様から洪水を送られなくても済んでいるのは、大御神の大祓が十字に組まれデザインされているからなのよ。

 

人がこの世にあるうちはそれで済むかもしれないけれども、その終わりの時は必ず来るでしょ。すべて暦上で不可思議にデザインされているのよ。


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エレミヤ書17章 

9 人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。

誰がそれを知りえようか。



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 世間にはお金の話しか出来ない人っているでしょ。メシアは、金持ちは天国にいれないと断言されているのに、馬の耳に念仏なのよ。それがないと心の平安が得られないと本気で話しているの。道端で草をはむ牛や馬さえ心の平安は保っているのに、馬や鹿以下の心の貧しさでしょ。馬や鹿のように道草を食いながら、この世に来てするべきことをしそこなう人たちなの。

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人間の知覚しうることすべては神様がそのようにデザインされたの。そこに神様は呪いと祝福を置かれたの。それが二本の木で、そこに戒めと掟があるの。

 

馬や鹿はそれを分別できないようにデザインされているの。人間は分別するようにデザインされているの。その神様のデザインに逆らい分別しないから馬や鹿のように屠られるの。それが掟なの。

 

この記事を読んでしまった人はここだけの話にしておいてね。阿吽

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今日は八月の大晦日。今年の大祓は日本中でお祭りが中止になる中とんでもないお祭りをさせられた気がしているの。やっと今日七夕のお祭りが終わったという感じよ。

 

六七八の暦は六道から天の安川を渡御した八正の涅槃に至るお祭りの暦なの。そのお祭りの最終日に示されたことを書いておくわ。

 

お釈迦様のお説きになっていた解脱とは重儀に際して調進する、御神宝の調製方法を神様から示されていたということなの。

 

この世で賜わった命を、永遠の命として調製するための作法だったの。

 

この国における最重儀である皇大神宮の遷御においても御装束神宝が人間国宝さんたちの手により調製され、調進されているでしょ。それが型示しなのよ。天皇の大嘗祭において調製される麁服も同じことなの。


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 やがて掟の箱が千代の都に渡御し、その時に執り行われる重儀が、七つのお祝いであり、子羊の婚宴であり、皇大神宮の遷御の儀なの。その時に安国の皇室の預かる、失われたイスラエルの王笏も大御神に奉還されるのよ。

 

そのようなお伊勢様の重儀をも凌駕するお祭りのために、御神宝を調製する作法がお釈迦様を通して人に知らされていたの。

 

だからお釈迦様は覚醒して涅槃を知覚する者は一本目の矢は受けても二本目の矢は受けないと御言葉されていたの。

 

メシアが降臨してお説きになられたことも同じことだったのよ。メシアの弟子たちが聖書に書いていたことも同じことだったの。そこには偽預言者がいるから注意が肝心ともメシアにより示されていたでしょ。

 

うかうかしていると御神宝の調製に失敗し、一本目の矢を受けた後に二本目の矢が飛び込んでくるということなのよ。

 

八紘一宇の父の家における重儀なの。阿吽


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