天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

倒語(さかしまごと)とは神武天皇の頃より始まったと日本書記に記されている。 それは味方にだけわかる言葉を使うということ。 古事記と聖書は倒語で書かれていた。

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


私の地元の走水の海で潮干狩りの原因不明の不漁が続いているというニュースを今見てしまったの。これかなり怖いのよ。昨年の夏から十一月ころにかけ横須賀や横浜での原因不明の異臭騒ぎがあったでしょ。

 走水の海は倭建命と弟橘姫の海だからね。古事記預言の海なのよ。巴蛇氏のお祭りにより記述された古事記の海なのよ。くわばらくわばらのカバラの海なの。聞き分けのない羊ばかりだから神様の怒りが臨んでいるなどと瞑想するのは私だけよね。でもその様に感じてせめて自分だけはとお詫びするから御霊を賜わるの。

images (2)阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


私の瞑想によるカバラの三栄光の世界は超人お釈迦様の生き方に学んだの。世俗、求道、悟りによる覚醒の世界なのよ。

 

inotinoki.sankaku

 

それが丸ごとこの世に反映されているでしょ。下層世界はLGBTとその他の男女のハッテンバなのよ。この世界で産めよ、殖えよ、地に満ちよと促されているのよ。その啓示に従わない男女が悪さをしているという事なの。SNSの隆盛やマスゴミの報道により牽引されているの。

 

その世界で悩みを抱える男女が中高世界に逃れるのよ。しかしそこにも唆す蛇がいて迷いから逃れるのが至難の業なのよ。私の瞑想によればこの世界は宗教、ニューエイジのスピリチュアル、チャネリングや神示などによりたぶらかされて右往左往している男女たちの巷なのよ。

 

その様な右往左往から逃れるためにはお釈迦さまがお示しになられた弥勒菩薩の御言葉を悟り、そこにアクセスできればいとも簡単に逃れることができるのに、なぜかアクセスできずに右往左往しながら盲人を手引きしようとする盲人達の商売がまかり通っているのよ。その因果がどこにあるかわかる?書いてしまうとあまりにエグイから宿題にしておくわね。思っていてもこれはさすがに今の私には書けないの。

 

ヨハネの黙示録 13

17 そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。 

18 ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。

 

お釈迦様のお諭しにより弥勒菩薩の真言を受け覚醒すると、至高世界において自ずと知らされるのよ。

a0099172_19403485阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

神道ランキング

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


もう芋づる式に理解できてしまうでしょ。五十六億七千万年とはクンダリニーの蛇の三回転半に至る暦だったのよ。覚醒したお釈迦さまがその様にして弥勒菩薩の降臨と再臨を預言していたという事なのよ。再臨の時は大日如来として臨まれるという事なの。それが千代と八千代の神様なの。空海さんも知っていたのよ。

 

神の十二 - コピー (2)

 

お釈迦様の生きた時代はちょうど一回転半を過ぎた中間の時代だったのよ。その時代に覚醒してしまったのだからまさに超人だったのよ。釈迦族とは失われたイスラエルの末裔だったとしか思えないの。

330px-Mandala1_detail阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


全く驚きだわよ。数年前に解脱というキーワードを意識してから始めた瞑想において七五三のお祭りが頭から離れなかったのよ。その決着の時が数年かけてやっと訪れたという感じなの。

 

三五七は初めから火の蛇の三回転を意味していたのよ。神様の七日間の三日目と五日目と七日目で三回転なのよ。三千年目と五千年目と七千年目で三回転なのよ。七五三のお祭りは初めからクンダリニーの蛇の三回転のお祭りだったのよ。

 

そのお祭りをこの国に持ち込んだのがイエス派のエルサレム教団の末裔である巴蛇氏だったのよ。秦氏の正体が巴蛇氏なのよ。巴蛇とは像を食うと言われる伝説上の大蛇のことで、読みは「はだ」なの。巴の蛇のお祭りが巴蛇氏すなわち秦氏のお祭りだったのよ。

 

三人ノ木と書く秦氏の三柱の氏神様のお祭りなのよ。だからお祭りの紋は日本全国どこでも巴蛇紋なのよ。クンダリニーの蛇の覚醒のお祭りとして仕掛けられていたのよ。

 

神の十二 - コピー (2)

 

 だからお祭りの法被は三つ巴紋なのよ。本当の七つのお祝いのお祭りは大御神の再臨の千年の宴なの。その時が覚醒した蛇が鎌首をもたげる半回転の時なのよ。それで三回転半なのよ。その時に法被を着せられなかった氏子が三行半を突き付けられるという事なのよ。

 

AdobeStock_294165606-1-1024x684

 

 法被とは法の皮衣のことなのよ。初めに着せられたのはアダムとイブだったの。

 

創世記 3

20 アダムは女をエバ(命)と名付けた。彼女がすべて命あるものの母となったからである。 

21 主なる神は、アダムと女に皮の衣を作って着せられた。

 

 その時に法被のお祭りが始まっていたのよ。法被とは御子に従った使徒たちが賜わる白い衣のことだったのよ。

 

unnamed (1)

 

 だから法被を着せていただくために大御神の恩頼におすがりしなければ生きては帰れないの。

 

マタイによる福音書 9

 20 すると、そこへ十二年間も患って出血が続いている女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れた。 

21 「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思ったからである。 

22 イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。

 

日本のお祭りはクンダリニーの巴蛇の覚醒を促していたのよ。

a0099172_19403485阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

神道ランキング

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


これまで命の木の一番下のセフィラについてはノータッチだったのよ。正直いってどう書いてよいかわからなかったからなの。

 

original

 

よく使うこのイラストのオリジナルはどこのだれが書いたのかよくわからないのだけれどもかなり良い出来なのでたまに使わせてもらっているのよ。それでさっきボーっと見ていてある事に気が付いてしまったの。

 

ヨハネの黙示録 6

9 小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂を、わたしは祭壇の下に見た。 

10 彼らは大声でこう叫んだ。「真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。」 

11 すると、その一人一人に、白い衣が与えられ、また、自分たちと同じように殺されようとしている兄弟であり、仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、しばらく静かに待つようにと告げられた。

 

ルカによる福音書 16

19 「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。

 20 この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、

 21 その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。 

22 やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。

23 そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。

 

上の二つの啓示はどちらも死後の世界について書かれているでしょ。この二つの啓示についての私の瞑想によれば死後の世界で宴席に招かれた人は晴れ着を着せられ空調の効いた宴席の控室で静かに待つイメージなのよ。金持ちは陰府でさいなまれると書かれているでしょ。

 

なぜそうなるのかというと神により罪が贖われようとしているのに、罪について悔い改めようとしなかったのでそのまま罪が残り、釈放されずに留置されたまま死んだからなのよ。以前からその様なイメージを抱いていたの。

 

悔い改めるから贖いが功を奏し釈放され宴席に招待されるのよ。それで根付きの命の木を見ていて気が付いたのが、最下部のセフィラであるマルクトは滅びの世界であり、人体では足裏とされているけれどもここが人の死後の世界なのよ。

 

inotinoki.sankaku閃光
  

寿命を迎えると第一チャクラからエネルギーが下降しこのマルクトに至るのよ。根付きの命の木で見るとこのセフィラが二重丸で描かれているでしょ。そして根っこを境として地上と地下で四つに区分されているのよ。ここからが私の瞑想によるのだけれども、両方ともマルクトの死の世界なのよ。それでも人の死に四区分があるという事を示しているの。


original - コピー (2)

 

生前命の木のどの世界まで意識が上昇したかということで区分されるの。それがもうすでに裁きになってしまっているのよ。少しえぐいかしら。もう瞑想により御霊に感じたことはすべて書いてしまうわよ。

 

死後の世界の至高世界、中高世界、下層世界、それらの世界で悪を働き下層世界からも足を踏み外してしまった滅びの世界の四区分なのよ。そして四区分をよく観察すると一番上の区分だけなのよ地中の根から干渉を受けていないのは。

 

その下の三区分は二重丸の根っこ側のセフィラに丸ごと入ってしまっているでしょ。さらにそれ以下の根っこの世界が本物の陰府でサタンと悪霊の住処なのよ。復活後の最後の裁きの時に地面を境にこの永遠の命の木と死の木が切り離されるのよ。

 

マタイによる福音書 3

 10斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。

 

一番上の区分だけが地中から干渉を受けない宴会の控室なの。第一チャクラに命のエネルギーが留まっているうちになんとかしないとまずいはずなのよ。唄の文句で大御神の烏たちは人が覚醒しようと思ったら少し怖い思いをしなければならないと唄っているでしょ。

 

マルコによる福音書 4

21 また、イエスは言われた。「ともし火を持って来るのは、升の下や寝台の下に置くためだろうか。燭台の上に置くためではないか。 

22 隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公にならないものはない。

 23 聞く耳のある者は聞きなさい。」

 

私このブログ当初から1999年の夏の玄倉川の避難警報を意識しながら書いているわよ。そのようにして神様の本当の恐ろしさを垣間見るのよ。それで神さまを畏怖するということを知るの。

 

そのような時に、日本人にとってハードルはそれほど高くないということもすでにたくさん書いておいたわよ。

images (2)阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


チャクラの瞑想において色の持つ意味はかなり重要と思われるのよ。七つのチャクラの七色は何故虹色なのかという事。

 

創世記 9

 16 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」

17 神はノアに言われた。

「これが、わたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」

 

シラ 43

11虹を見て、その造り主をほめたたえよ。その輝く様はひときわ美しい。

 

ヨハネの黙示録 4

 3その方は、碧玉や赤めのうのようであり、玉座の周りにはエメラルドのような虹が輝いていた。

 

ヨハネの黙示録 10

1 わたしはまた、もう一人の力強い天使が、雲を身にまとい、天から降って来るのを見た。頭には虹をいただき、顔は太陽のようで、足は火の柱のようであり、 
2 
手には開いた小さな巻物を持っていた。そして、右足で海を、左足で地を踏まえて、
3 獅子がほえるような大声で叫んだ。天使が叫んだとき、七つの雷がそれぞれの声で語った。

 

エゼキエル 1

 28周囲に光を放つ様は、雨の日の雲に現れる虹のように見えた。これが主の栄光の姿の有様であった。わたしはこれを見てひれ伏した。そのとき、語りかける者があって、わたしはその声を聞いた。

 

七個のチャクラを聖書の神様から切り離して考えると神様との契約が切れることに繋がりかねないと思えるのよ。七つの封印や七つの雷の声など、すべて七つのお祝いにお札を納めてしまうための契約に関する重儀が秘められているの。

 

 ヨーガやニューエイジや後期仏教や密教など全てがその契約を、覚醒しても悟らないという危険性をはらんでいると思えるの。キリスト教会では七つのチャクラの瞑想はできそうもないでしょ。

民数記 21
 
8 主はモーセに言われた。「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。」
 
9 モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

私は契約切らせるのまっぴらごめんだから大御神しか勝たないの。阿吽


chakras2-1024x339

ダウンロード (2)
a0099172_19403485

EKdGEeTU8AAEGaZ
2d3cad3f66157906067786db74239989

0071578_064_0082_l_1
ダウンロード (4)

20171129_00bfd6
images (6)

20171129_06247a
green-insularis-pit-vip


41MFy4cH33L._AC_SX466_
25659512_1413177992141562_7212447674697273019_n-400x300

daidai_4
c1eb941578f7cd0395c373b3956a0068
o0252025314048910296
o0960066614196376816



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


今日の瞑想はね十種神宝と茅の輪の組み合わせなの。クンダリニー冥想の神道版はバリエーションが豊富なのよ。ヨーガタントラにおいて神様はシバ神とシャクティー女神の二柱だけれども神道においてはそれが伊弉諾尊と伊弉冉尊、素戔嗚尊と天照大御神、素戔嗚尊と奇稲田媛、倭建命と弟橘姫、天孫瓊瓊杵尊と木花開耶姫(このはなさくやひめ)などの男神と女神の物語とされていて、仲を取り持つのがシバ神に相当する月読命でお仲人なのよ。

 

天御中主神と高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を取り持つ神皇産霊(かみむすび)の神様なの。仕掛けが相当深いのよ。それらの男神と女神のことはこれまでの記事でほとんど書いてきたの。それらをふまえて瞑想するのだからバリエーションがいくつもあるのよ。

 

一二三四五六七八九十百千萬布留部由良由良止布留部 

ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろずふるへゆらゆらとふるへ

 

これは天之数歌(布留部神言)と言われる神呪で物部氏の祖神である饒速日命が天降る際に十種神宝を授かり、その時にこの神呪を唱えながらゆらゆらと振り動かせば、死んだ人間でも生き返らせると教えられたという代物なの。

 

20170722202617

 

十種の神宝の絵図を見ると命の木のパーツにしか見えないのよ。だから命の木のクンダリニー冥想に布留部神言を取り入れてしまおうという大胆な試みなの。神呪を唱える時は

 

ひとふたみよいつむゆななやここのたり 

ひとふたみよいつむゆななやここのたり 

ひとふたみよいつむゆななやここのたり ももちよろず ふるへゆらゆらとふるへ

 

と唱えるの。宮中鎮魂祭でもどうやらそのように唱えられるらしいのよ。私の瞑想法ではどの様にするのかというと、

 

o0304021414322517981inotinoki.sankaku

  第一チャクラから順に「ひとふたみよいつむゆななや」と数えるの、最後の「や」は頭頂に開く蓮の花なのよ。これで八正を意識するの。そして「ここのたり」で下層世界の陰陽のチャクラと中央の柱で十字を切るのよ。骨盤のチャクラの位置。そのように三度繰り返し、二度目は中高世界で十字を切るのよ。ハートチャクラの位置。三度目は眉間のチャクラの位置なの。

 

この三つの十字架に架かっている第一、第三、第五チャクラが三種の神器がかけられている位置なのよ。私の瞑想では下層世界に降臨して十字架についたイエス、中高世界で復活したイエス、至高世界に上って教えられているイエスすなわち弥勒菩薩で、高天原の天照大御神なのよ。

 

ヨハネによる福音書 14

1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

2 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。 

3 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

 

高天原の父の家で教えられながら神領民たちの住む場所を用意されているという事なのよ。瞑想中に三度十字架を意識するということはそれぞれの鳥居で三度の茅の輪くぐりをしながら御本殿にお参りするというイメージなのよ。そこに御神体が安置されているの。お宮にお参りするの。御本殿にたどり着いたら「ももちよろず ふるへゆらゆらとふるへ」と御神体に唱えて御霊を賜わるから覚醒して千の花びらが開いてしまうというイメージなの。

unnamed

 御子はそのお宮の御本殿に直接お生まれになり、梵我一如の龍神となり父のもとに上られたのよ。だから覚醒して第三の眼が開かれると、その方角で教え、用意を整えておられる大御神と目と目が合ってしまうのよ。龍神と蛇神の目が合ってしまうの。死んだ人間を生き返らせる十種神宝の瞑想になっているでしょ。もう一つのバリエーションはこれなの。

 

7375-300x225 (1) - コピー

 

自分の左手方向から順に「ひとふたみよいつむゆななやここのたり ももちよろず」と数えると一巡して一月から十二月まで全ての季節の大御神のお祭りを意識できるでしょ。この輪が茅の輪なのよ。六月と十二月の大祓の茅の輪なの。こちらもその大祓により死んだ人間を生き返らせる十種神宝の瞑想になっているでしょ。ここで命の木と十二という数の関係性っていったい何なのかしらと改めて考えたの。私的には十代目のノアから二十二代目のイサクで十のセフィロトと二十二本のパスからなっているというのは了解済みなのよ。その差がイスラエルの十二なのよ。しかしよくよく命の木を見直してみるとそこに十二個の車輪があったのよ。

 

image

 

十個のセフィロトに隠されているダートを加えさらに八本の輻を持つ太陽法輪を加えると車輪が十二個になるの。

 

まだまだあるわよ。この茅の輪である法輪の頭頂を一と数え左手方向に「ひとふたみよいつむゆななや」と数えると一周するでしょ。そして「ここのたり」で、中高世界で十字を切ると八正の法輪とその輻の中心が定まってしまうのよ。ももちよろず ふるへゆらゆらとふるへ」で法輪が回転し始めるのよ。この法輪が回転し始めると十二個すべての車輪が回転し始め、一本目の矢を受けても二本目の矢は受けないはずなの。

7742f1799bb7ce1b09902a7457da46c6

 

もちろん命の木と岩戸開きの真榊の奥義を、大御神の御言葉でよくよく飲み込んでおくということが大前提なの。

images (2)阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

神道ランキング

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


もう止め処なくあふれてくるわよ。巴(ともえ)という字ね。勾玉を模しているのよ。巳()という字も同じ。巳という字に瞳が入って巴なのよ。どちらも蛇なの。

 

113021220181027_707ad8ダウンロード (2)


 

しかも調べてみると巴という字は伝説上の大蛇を表す象形文字で、像を食べる伝説上の大蛇と言われているらしいのよ。そしてその大蛇は巴蛇と書いてハダと読むらしいの。こうなるともうこの国に巴紋を持ち込んだのはあの一族、そう、秦氏しか考えられなくなるのよ。

 

この秦氏なのだけれどもなぜ秦と書いてハタと読むのか全く意味不明とされているの。新撰姓氏録や古語拾遺という文献には、仁徳天皇に秦氏が絹や錦を献上したところそれが「肌」のように柔らかいので秦と書いて「ハダ」と読む姓を与えたとなっているらしいの。あまりにダジャレじみていてそっぽを向かれている説なのよ。

 

なぜ秦と書くのかというのも秦の始皇帝に由来するとか諸説ありその正体を決して現わそうとしないのよ。しかし巴の蛇がハダならば巴蛇氏となりその正体がおぼろげながら見えてしまうのよ。絹がハダの様に柔らかいからハダ氏ならば、絹と肌と巴蛇で、蚕ノ社にある三柱鳥居が秦氏の建立で、その心は巴蛇の目だと繋がってしまうでしょ。

 

そうなると三柱(みはしら)は御柱で、巳柱でもあり巴の柱ともなってしまうでしょ。その心が三柱の巴蛇神様の鳥居なのよ。やはり秦氏は元始キリスト教徒で天照大御神の心御柱をこの国に持ち込んだ大御神の烏の一派なのよ。だからその姿を表そうとしないのよ。

 

43334-9MgvPDP7EuugmB5wvuXv_mdm


 

秦氏のことは私の瞑想でも、世に知られていること以外はあまり知り得なかったのでこれまで記事にしてこなかったのよ。それでも巴蛇でついに来たという感じなの。そうなると秦という字と秦氏の首長の太秦とウズマサという読みの謎が浮かび上がってくるのよ。これまでの経験からすると意識の表層に浮かび上がってくると一日二日でその答えをパタパタと与えられるので今回もそうなるのかしらというところなの。

 

この秦氏の鳥居の中央から神様がこの世を見ておられるという事なのよ。巴蛇神であらせられる天照大御神の目なの。秦氏が持ち込んだ神様なの。蛇神様の三回転半の覚醒を隠しながらこの国に持ち込んだ巴蛇氏だったのよ。

 

それを倒語(さかしまごと)で身内以外には隠しながら烏の三本足で世の中に見せて来たのよ。

 

その様に神道は謎々が幾重にも仕掛けられていて底が知れないのよ。真名井の底なし井戸なの。はまると楽しくて抜け出せないのよ。

images (2)阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

神道ランキング

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


もう自分で書く記事が瞑想の一部になってしまっているから次々に覚醒してしまうの。

 

180px-Japanese_Crest_mitu_Tomoe_1.svg

 

この三つ巴紋が高速回転したらどうなると思う?

 

ダウンロード

 

蛇の目紋になってしまうのよ。

 

222092_i

 

この赤い蛇の目紋はお祭りのシンボルで日の丸の三つ巴なのよ。神道ではすべてのチャクラが蛇の目でそれがチャクラの正体と悟っているのよ。チャクラの回転は蛇神様の目の回転なのよ。そしてそれが神様の戦車である命の木の車輪の回転なのよ。だから第一チャクラは赤でそこに日の丸の正命の車輪がくるくる回っていて命なの。

 

20190725223226300px-Infinite.svg

 

これは蛇神様の左右の目なの。この世に来たら初めから龍神様の両の目で永遠の彼方から見られているという事なのよ。それがなぜ巴なのかというと日の丸の回転もさることながら、実はこれなのよ。

 

1130212

 

始めからとぐろを巻く蛇だったのよ。そしてそれが勾玉なのよ。

 

20181027_707ad8

 

 蛇の目の勾玉なのよ。だから命の木の隠されているダアトは隠されているマンナであり、真榊の上の枝に掛けられた八尺瓊勾玉と同じ物であり、それは共にとぐろを巻く蛇の目で御子の御言葉なの。だから龍神様と蛇神は切っても切れない関係なのよ。

 

514626X1KVL._AC_SX466_

 

 龍神様と七つのチャクラと鶴亀の貴船なのよ。

 

民数記 21

 8 主はモーセに言われた。「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。」

 9 モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

 

蛇にも人を咬む蛇と命を得させる蛇がいるのよ。青銅の旗竿は御子の十字架の寓意なの。

 

imagesoriginalAdobeStock_107525712-1024x826

  どちらの三角から覗く蛇の目なのということなの。カバラの蛇を悟った気でいても、人を咬む蛇に睨まれた蛙となっている者の方が多いと御子の御言葉で知れるのよ。

 

ダウンロード2

 

666の蛇か999の蛇かという事なの。どちらにしても永遠の彼方から龍神様の両の目で見透かされている事には違いがないの。クンダリニー覚醒とは命を得させる蛇神様と目と目が合ってしまう覚醒のことなのよ。そそのかす蛇のドメインから解脱しなければ目と目は合わないわよ。

images (2)阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング

神道ランキング

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


このところのクンダリニーを意識した記事の執筆の未に私が独自に編み出した瞑想方法を紹介するわね。まず尾骶骨から蛇さんが反時計回りにとぐろを巻き、自分の両手ごと体をグルグル巻きにされている様をイメージするの。そしてさらに頭頂に達した蛇さんが鎌首をもたげている様をイメージするの。その時に手指で自分の好きな印を結んだりすると効果的。

 

そのように冥想の準備ができたらまず尾骶骨あたりにある第一位チャクラに赤い蛇さんが三回転のとぐろを巻いて眠っているのをイメージするのよ。その後眠りから目覚め覚醒した蛇さんが鎌首を持ち上げるの。それで三回転半のとぐろになり、そうなるから覚醒するの。その覚醒により車輪であるチャクラが回転するのよ。この車輪は神様の戦車の車輪なのよ。チャクラの回転のイメージは日本人なら誰でもなじみがありとても親しみの持てる赤い三つ巴紋でいいのよ。そう、あのお祭りの時の三つ巴紋でいいの。まず初めに反時計回りの赤い三つ巴紋をイメージするの。

 

o0252025314048910296

 

反時計回りの巴紋は左回りだけれども右三つ巴と呼ばれているのよ。反時計回りの左回りが上昇のエネルギーなの。そして反時計回りのイメージができたら次に同じ巴の右回り、時計回りの三つ巴紋をイメージするの。その時に反時計まわりの円の左側をグイっとねじるイメージで8の字にしてしまうと茅の輪くぐりの8の字になってしまうのよ。これで反時計回りと時計回りを同時にイメージできるの。同時に鳥居の茅の輪をくぐるイメージも得られるでしょ。


222092_i

 

赤の巴紋はお祭りのイメージだし。日本人ならお祭りのワクワクしたイメージが簡単に得られるのよ。ワクワクすれば気持ちが上向きになるでしょ。しばらくそれを楽しむのよ。二つの巴が接触しているイメージにはかみ合った赤い歯車が力強く回転しているイメージなども織り込めるの。反時計回転から始まって8の字回転を意識し、反時計回転を切り離し時計回転のみにしてみたりしてお祭りの始まりをしばし楽しむのよ。そして十分楽しめたら反時計回転を利用して一つ上のチャクラにエネルギーを流し込むのよ。一つ上のチャクラは左右の骨盤と中央にある仙骨チャクラなの。

 

o0304021414322517981inotinoki.sankaku

 

第二と第四と第六の偶数の位置にあるチャクラは二つで一つなのよ。左右の骨盤と心臓の左右もしくは肺の左右、両目の左右の陰陽のチャクラなのよ。だからこれらのチャクラでは八の字の陰陽の回転が意味を持ってくるの。

 

尾骶骨から上にのびる背骨が中央の柱で、二個一対のチャクラは右の柱と左の柱に位置しているのよ。分かるでしょ。命の木の上昇なの。そして三柱鳥居の上昇なのよ。背骨の柱を奥にしてその前面に左右の柱があるイメージなのよ。自分の体で三柱をイメージしてしまえばよいの。そうすることによりここでもいとも簡単に日本人なら神様との一体感が得られるでしょ。造化三神であり三貴子なのよ。その心はと問えば御父と御子と聖霊のカバラの三神なのよ。

Mihashiratorii

 

そうそう今食事しながら休憩を取っていて大事な事に気が付いたの。尾骶骨の赤いチャクラは日の丸だからね。赤い三つ巴が日の丸の三つ巴と日本人は気が付いていないけれども同じものなのよ。だからお祭りのシンボルなの。これで覚醒の予感を感じない日本人がいたらそれはその人の問題と思えるでしょ。

 

このチャクラのシンボルをサンスクリットの文字が刻まれたヨーガのシンボルとして紹介している日本人が覚醒のハードルを上げているの。瞑想のBGMを用いるのであれば雅楽君が代しかないと知れるでしょ。天鈿女命の伏せた桶の中から聴こえてくる天空に響く管弦の音色なのよ。私はソルフェジオ音源など聴きたくもならないの。邪魔だから止めてというほどの代物なのよ。

 

君が代のすべて
国歌
キングレコード
2000-12-06     






雅楽大系
雅楽紫絃会
日本伝統文化振興財団
2002-03-25



日本古代歌謡の世界
東京楽所
日本コロムビア
1994-11-21



  話を戻すと、尾骶骨の赤いチャクラから半時回りで回転しながら上昇しながら体表面側にある仙骨チャクラにたどり着いたらそこは橙色のチャクラなのよ。二個一対のチャクラは前面の二本の柱の一対だから体表面にあるとイメージするのよ。このチャクラで色を橙色に切り替え同じプロセスを楽しむの。左右の骨盤を意識した橙色の8の字よ。中央のクロスは仙骨なの。そのチャクラを十分楽しめたら体表面から反時計回りで背骨に戻り一つ上の第三チャクラに昇ればいいのよ。

 

ここは太陽神経叢のチャクラと言われていて色は黄色。黄色の三つ巴って想像しにくいでしょ。それは多くの神社で見かける金色の三つ巴でいいのよ。金色に輝く太陽なの。このチャクラに達して一回転の上昇になるの。尾骶骨から始まる回転は反時計回りで背骨にたどり着くたびに一回転なのよ。そして黄色もしくは金色のこの第三チャクラで同じく回転をイメージしてその後一回転目と同じプロセスで二回転目を開始すればいいの。

 

異なるのは各チャクラの色の違いだけなのよ。黄、緑、青で二回転目なのよ。緑の三つ巴も想像しにくいかもしれないけれども鱗が緑色に輝く蛇のイメージからだと入りやすいでしょ。青は神道のお祭りでたまに用いられる青白幕の青なの。

 

問題はこの青い第五チャクラなのよ。命の木ではダートとして隠されているのよ。御子の御言葉にある隠されたマンナの位置なの。第一と第三と第五のチャクラは三種の神器のチャクラということも忘れてはいけないのよ。

 

前後してしまうけれども第一のチャクラにかけられているのが聖書に出てくるアロンの杖と古事記の草薙剣の位置なの。第三のチャクラにかけられているのが十戒石板と八咫鏡なの。第五のチャクラがマンナと勾玉なのよ。この隠されている第五チャクラのマンナがメシアの御言葉として中高世界と至高世界を隔てる結界になっているの。だから命の木と七つのチャクラで意識を至高世界にまで上げるイメージは持てても、この結界は霊的覚醒により通過しないと本当の覚醒には至れないという最難関なのよ。

 

ここが命の木への入り口で通りゃんせの細道なの。七個目のチャクラにお札を納めるために、メシアが見つけるように促していた狭き門なのよ。その見つけ方と方法は御子の御言葉としてはっきりと聖書に書かれているのよ。それを見い出すものは少ないと書かれているの。

 

マタイによる福音書 7

13 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。

 14 しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

 

ヨハネによる福音書 6

 53 イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。 

54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。

55 わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。 

56 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。 

57 生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。

58 これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」

59 これらは、イエスがカファルナウムの会堂で教えていたときに話されたことである。

 

これが隠されているマンナの正体なの。御子を食べるということはその御言葉を鵜呑みにして良いから食べよという事なの。それができる者が少ないと書かれているのよ。それが霊的な関門であるからここでお釈迦様が説いた解脱を意識せざるを得ないのよ。何しろ弥勒菩薩の真言を食べるということだからね。ここで一旦霊的に覚醒するから至高世界へと踏み込めるの。梵我一如の至高世界なのよ。

 

皇大神宮の宇治橋に相当しているのよ。安倍晴明さんが橋の下に隠していた式神様と京都の宇治橋に祀られている橋姫とが表裏一体という事なのよ。この結界から伊弉諾尊が三つの厄除桃を投げていたのよ。だから晴明神社に厄除桃がお祀りされているの。とてつもなく重要な結界が張られているのよ。

unnamed

 

皇大神宮の宇治橋は観光客でも渡れるけれども霊的な宇治橋は物見遊山の求道者では渡れないのよ。しかし渡り方はごく簡単で誰でもが知る御子を弥勒菩薩と悟りその御言葉をしっかりと飲み込めばよいだけなの。世界中に知れ渡る御子だし聖書は世界中でベストセラーなのだから不利な条件下に置かれている人の方が少ないのよ。

 

それでも御子の御言葉の如く見出すものは少ないのよ。なぜかと言えばこの世では悪いことばかり考えている人の方が多いという事なの。そのような超重要なことが秘め隠されている結界なのよ。それでも目を白黒させながら関所越えをしてしまうと至高世界の第三回転目が待っているのよ。チャクラの色は青、藍、紫なの。

 

藍色のチャクラで目の玉が飛び出て第三の眼が開かれ、反時計回りに第七のチャクラに至り紫色の車輪を回転させると、蛇神様が覚醒してしまい三回転後に鎌首をもたげた三回転半のクンダリニー覚醒となって命の木を突き抜けてしまうのよ。それが水面に顔を出した蓮の花なの。それが第八のチャクラとも言える八本の輻を持つ法輪なのよ。それが命の木の第三チャクラ、八咫鏡を中心に回転する八正の法輪なの。


image

 

私の瞑想によれば覚醒した花びらはチャクラの上から順に、正定、正念、正見、正語、正思惟、正業、正精進、正命なの。正という字は魔法陣により弥勒菩薩である御子、天照大御神が正であることを示しているのでここでもすべて大御神にお聞きすればわからないことはないの。この世の処世訓でしかない哲学や教学などは邪魔だから道を開けてというほどのことなのよ。

 

正定の車輪の色は白なの。その白色透明光の分光が七色なのよ。神の虹の永遠の契約なの。クンダリニー覚醒後は頭頂の蓮の花から白龍となった龍神様が天の方角、太陽の方角を目指し飛翔してしまうのよ。昨日ウォーキングしながら空を見上げたら南天中のお日様に日傘がさし虹の輪がかかっていたのよ。それを見ながらそう冥想したの。だから空に浮かぶ白い雲が龍神様に見えると人はみな何かを感じるのねって。

 

そうそう冥想の最後に覚醒した蛇神様が八尾の龍神様になり各赤龍、橙竜、黄龍、緑龍、青龍、藍龍、紫龍、白龍様のとぐろに体ごと巻かれるイメージというのもかなり効果的よ。まあ人それぞれで良いと思うし、瞑想に正解などないからやり方は自由よね。しかし大御神に悪い思いを抱きながらやると確実に魔道となるから気を付けてね。八岐大蛇退治となるわよ。

 

それでも無垢な子供にでも教えることの出来る安心安全な方法でしょ。子供のころから教わっていれば悪い思いなど抱きようがないはずなの。

images (2)阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

神道ランキング

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ