天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

倒語(さかしまごと)とは神武天皇の頃より始まったと日本書記に記されている。 それは味方にだけわかる言葉を使うということ。 古事記と聖書は倒語で書かれていた。

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このブログを書き始めてからも瞑想をしながらいろいろな考察を重ねて来たの。その間にも色々なことを想起させられ、いくつものキーワードが生まれて来たの。魔訶般若波羅蜜多による虚空蔵求聞持法やタントラ密教などのバジュラヤーナとか。

 

考察の中心はブログのタイトルになっている聖書と古事記なのね。そしてその柱がカバラの命の木と古事記の真榊なのよ。

 

そうこうしているうちにあっという間に世の中が大きく変わってしまったの。そうして全体というものを考えてみた時に、その全体を、キーワードを用いて、たった一言で言ってしまうと、すべてが神様の超能力による、とするのが一番しっくりくるのよ。

 

魔訶不思議な異能の世界から日常生活に至るまでの全てがその力により成り立っているのよ。人間の生死がその内にあるのだからそうなるのよ。

 

そのような中にありながら人間は神や弥勒仏の戒めに背きながら生きて来たのよ。現代においては世界中がその背きの罪の極みに達しようとしているとしか私には思えないの。

 

聖書の中で、御子は人々の不信仰に驚かれたと書かれているの。天照大御神の心御柱が御子の十字架として世に知らされて大分時が経つのに、そのことに対する日本人の無関心さを見るにつけ、私もその不信仰に驚いてしまうのよ。驚きを禁じ得ないの。

 

世の中の風潮やその時々の流行などは、現代では若者が牽引しているでしょ。世の中が豊かになったということだからそれで良いのだけれども、そこにどうしようもないくらい大きな落とし穴がぽっかりと穴を開けているのよ。

 

昭和において時代が革まった時には日本の学生たちは政治に大きな関心を持ち、ヘルメットと角棒で武装し大学紛争で石を投げていた時代があったの。

 

それが1960年代のことなのよ。そうして70年代と80年代を経て90年代の後半に至り、インターネットの時代に突入していったでしょ。大雑把にとらえるとその間の若者の文化はテレビのアイドルとヒーローに牽引されて来たのよ。そしてテレビアイドルの時代はアニメドラマを底流にして、インターネット上のアイドルの時代へと引き継がれて来たのよ。

 

私は70年代と80年代にまたがる流行の中で若い頃を送ったのだけれども、すこし独特なところがあったの。テレビでは楽しめなくなり海外のポップスに傾倒するうちにジャマイカのポップスに取り憑かれてしまったのよ。そしてジャマイカのカリスマをアイドルとしてしまったの。

 

今でこそジャマイカのレゲエは日本でも若者の流行のスタイルの一翼を担うまでになっているけれども、その当時は、仲間内でも特異な目で見られる部類だったのよ。

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 なぜそこまで傾倒したのかというとそのレゲエという歌謡の源流に聖書信仰があったからなのよ。今思えば、私にはその時代からそのような傾向があり、その点において世の風潮や流行とは一線を画していて、乖離していたと言ってもいいくらいなの。

ヨハネの黙示録 5
 5すると、長老の一人がわたしに言った。「泣くな。見よ。ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得たので、七つの封印を開いて、その巻物を開くことができる。」

 

今ではそのレゲエという音楽が若者文化の一翼を担うまでにこの国で受け入れられているの。しかし私に言わせればただそのファッション性しか入って来ていないのよ。

 

カリスマは十分に意識されているのだけれども、ただそのファッション性だけなのよ。そのカリスマが活躍した時代の終焉と共に終わったのねという理解なの。今ではそれでよかったのねと感じるのだけれども、私のような人間は、それが日本の昭和の大躍進の時代と轍が一つだったというところに不思議さを感じてしまうの。

 

この記事で何が書きたいかというと、アイドルとは直訳すると偶像なのよ。アニメヒーローやインターネット上のインフルエンサーがアイドルになる時代で、平たく言えば偶像がカリスマになる時代なの。

 

この偶像崇拝が神様の超能力により何度も駆逐されてきた歴史が聖書の歴史なの。シナイの荒野、ソロモンの時代、ユダヤにマイトレーヤーとして御子が降臨した時代すべてに共通しているのがそのような歴史なのよ。

 

そしてその歴史は革められたイスラエルとしての、大御神の神国に引き継がれているのよ。大御神の心御柱が御子の十字架として明かされた神の国において、またもや偶像崇拝の大輪の花火がどんどんと打ち上げられる時代に至り、その偶像崇拝が最高潮に達しようとしているように思えるのよね。

 

そのような時に起ころうとしている災いに巻き込まれることの無いようにしようと思ったら、ただひたすら御子を霊において崇拝することでしか免れようがないのよ。そのようにして神様の超能力に呼応することでしか免れ得ないと書かれているの。

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この国の神道は神様の超能力によりなっているのよ。

 

ルカによる福音書 24

 49わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

 

復活した御子の御真影を見てしまった弟子たちは御言葉の通りにエルサレムにとどまっていたらしいのよ。その後ユダヤのローマに対する反乱が本格化するのと時を同じくしてヨルダン川東岸に疎開してしまい、その先が行方知れずになってしまっているの。

 

弟子たちが都を離れたとすれば御言葉の通りに、高い所からの力に覆われたとしか思えないでしょ。神隠しなのよ。神宮の心御柱の正体が御子の十字架であるならば、この時の神隠しにあった弟子たちが携えて来たとしか考えられないのよ。

 

そしてイスラエルの神隠しはこの時だけではなく、はるか昔の十支族もそうだし、聖櫃や三種の神器も同じなのよ。高い所からの力に覆われた神隠しであり、それは御言葉から推測すれば父が約束したものを送られるという事なのよ。御言葉による神隠しであるならばそれはもう御父と御子の超能力なの。

 

神道を守護している八咫烏はそう認識しているはずと思うのよ。イスラエルの聖櫃はこの国では貴船と暗に呼ばれているのよ。この貴船の形代が神宮の御正殿に安置されている御船代で、その中に八咫鏡が奉斎されているのよ。

 

そして貴船本体は地下殿で御子の十字架と共にお祀りされているということなの。御子の十字架を担った弟子達よりはるか昔に貴船を担った祭司や神官たちがいたはずなのよ。その祭主や神官が高い所からの力に覆われ貴船を担い、約束の地に向けて踏み出したのが皇紀の紀元と推測するのよ。

 

聖書によるならばそのような力に覆われなければイスラエルの契約の箱がエルサレムから移動を開始できるなどとは思わない方が無難なの。重ねてその時がイザヤやエレミヤの時代に出された都の再建命令の時で皇紀の紀元と推測するの。

 

ヨハネによる福音書 2

19イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」 

20それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。

21イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。 

22イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

 

ペテロの手紙二 3

8愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。

 

モーセに契約の聖櫃を作るよう指示したのはYHWHで実は御子の前世なのよ。私の推測通りで皇紀が都の再建命令に由来するならば、今年は皇紀二千六百八十一年で三日目の真っ最中ということになるのよね。

 

イスラエルの神様の契約の成就はヨハネにより黙示されているでしょ。その時は神殿に契約の聖櫃があるはずなの。八咫烏によれば神宮がその使命を終える時が来るはずらしいのよ。

 

それらを考え合わせればシナイの荒野で奉製された契約の聖櫃は、高い所からの力に覆われ、貴船として約束の地に渡御の真っ最中ということになるのよ。だから御子の御言葉を信じて同じその力に覆われないと付き随えないのよ。

 

神様の超能力、私は疑っている場合ではないと思うのよね。


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ひとつ前の記事を書いて一息入れていたらまた気が付いたことがあるの。皇大神宮にはしめ縄が張られていないのよ。お伊勢様にお参りした時を思い出しても、外宮と内宮と伊雑宮のどこでもしめ縄を見た記憶がないの。ネットで画像検索しても神宮にはしめ縄が張られていないのよ。

 

神宮にお参りする時の禊の二見興玉神社の夫婦岩や伊勢の神領民の人の玄関先にはしめ縄が張られていたのを見たのだけれども、神宮にはしめ縄が張られていないのよ。

 

もはや当たりなの前だけれども神宮はやはり岩戸開きの象徴のお宮だったのよ。古事記では大御神の岩戸が開けた時に二度と岩戸に戻れないようにしめ縄が張られているの。それは岩戸が閉ざされ後戻りできないことを暗示していて、伊弉諾尊が黄泉比良坂で閉ざした千曳岩なのよ。

 

死の国が父神の超能力で閉ざされ永遠の命の岩戸が開けてしまったことの暗示なの。天父と御子と御霊を信じその超能力の内に取り込まれることを暗示しているのが、伊勢の神領民の蘇民将来の護符と御白石持行事なのよ。

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この国で一番太いしめ縄が張られている出雲大社は私の中ではもう大国主命、すなわち素戔嗚尊、しかしてその実体は大御神をお産みになった伊弉諾尊であり、大御神である御子をお遣わしになられた天父の大社に確定だわ。

 

先住の国津神が祀っていた神籬や岩境を神社神道に取り込み、なおかつ出雲大社を古い国津神の神話により取り込み、天父のお社として秘めながらお祀りしていたのよ。その国津神の由緒はやはり邪馬台国にあるのよ。

 

私のそのような確信のもとになるのが貴船神社の結社(ゆいのやしろ)でお祀りされている岩長姫命なの。縁結びの神様であると同時に縁切りの神様としても信仰されているの。この世的な縁結びや縁切りを超越しているのよ。この国の神代の神様は皆そうなのよ。岩長姫命は弟橘姫命の暗示でもある右近橘で、その実体は永遠の命の木なの。

 

この永遠の命が縁結びと縁切りの神様なのよ。永遠の命と結ばれ死と縁が切れるという事なの。それを古事記の倒語(さかしまごと)で大御神の岩戸開きとしめ縄張りとして伝えていたのよ。

 

ベースはもちろん聖書よ。その神様に願い求めご縁を結んでいただき妖怪との悪縁を切っていただくという呪術なのよ。その呪術は人の理解などはるかに超えた神様の超能力によるの。この神様の超能力というキーワードが目下のマイブームなの。

 

この超能力により祝福を賜わるには全人類のために命を捨てた御子に命を捨ててでもお縋りしなければ、体感も霊感もできないというところに人間の抱える深刻さがあるのよ。経験上そう思うのよね。

 

しかしそれをお受けしてしまうと虫の知らせや第六感として世間の人が認識しているようなあいまいなものではなく、はっきりと大御神による神変と感じるのよ。聖書に御言葉ではっきりとそう書かれているから必ずそうなるの。受けたものでなければ判らないと書かれているわよ。

 

そのような賜物を、復活した御子の御真影をこの世で見せられてしまった人たちが集団で受けてしまったことも聖書には書かれているでしょ。そのように目で見たわけでもないのに信じる者は幸いであるというのも御子の御言葉なの。

 

信じられなければ到底無理なのよ。信じられなければ縁結びの神様は単に縁切りの神様になってしまい、それにより妖怪との縁が切れなくなってしまうということなの。それが御子の遣わす御霊という神様の恐ろしさなの。逆らえばこの世においてもあの世においても許されないと書かれているわよ。

 

そのように人にとって悩ましくも、恐ろしくも、深刻な事柄だから聖書では黙示され、古事記は倒語(さかしまごと)で書かれているのではないのかしら。娯楽を旨とする怪談話では何も見えてこないのよ。そう思うのよね。

 

こんなにエグイ記事をさらっと書かされるようになるとは思ってもみなかったわ。このような語り口でなければ書けないこと理解してもらえるかしら。

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もう記事を書ききってしまって書くことないでしょと思っていたの。ある意味でとても恐ろしい記事を書いているのは、あの夏の玄倉川の記事を書いて、その後二週間くらい怖くなってブログの公開をお休みした時から気が付いていたのよ。

 

それでも続きを書かされてきて、今年に入って思っている事は、すべては神様の神通力、超能力において革命が進行中という事なのよ。

 

その深淵を垣間見せられた先見者たちの聖書と古事記なのよ。その深淵を心の目を通して見せられてしまうと、そこには被造物である人間にとっては、かなり深刻な問題が横たわっているはずなのよ。

 

だからお釈迦様も当初教えを説く気にはならなかったのねというほどの深刻さなのよ。それを感じることはとても恐ろしいことなの。この世では怪談話というのは娯楽の対象で、そのようなことにはビジネスとして成り立つほどの需要があるでしょ。

 

しかし私が感じているのはそのような需要の対象にはなり得ない恐ろしさなの。その様だからもうブログの更新も終わってもいいでしょと思っていたら、なぜかいきなり今日もまた記事を書く気にさせられているの。

 

聖書の冒頭にはアダムとイヴが創られた時そこに唆す蛇がいたと書かれているでしょ。それがサタンなのよ。このサタンはお釈迦様に退けられ、メシアである御子が十字架上で死と復活による勝利を得た時に再び退けられ死んだと思われていたのよ。

 

ところがこの蛇サタンは使徒ヨハネにより竜として描かれ、獣と偽預言者を従えると黙示されていたでしょ。二匹の獣は既に上がっていて、六百六十六という獣の刻印の世になっているでしょ。その世の終わりの後に千年の間縛っておかれるとヨハネにより黙示されているのよ。それまでの間は竜と獣と偽預言者の三悪は自由に暴れまわるの。

 

世の終わりが来ることは御子による御言葉としてはっきりと聖書に書かれているの。それがいつになるかという問いにはヨハネが黙示録で回答しているのよ。

 

ヨハネの黙示録 6

10彼らは大声でこう叫んだ。「真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。」 

11すると、その一人一人に、白い衣が与えられ、また、自分たちと同じように殺されようとしている兄弟であり、仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、しばらく静かに待つようにと告げられた。

 

ヨハネの黙示録 7

 2わたしはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、 

3こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」 

 

ヨハネの黙示録 20

4わたしはまた、多くの座を見た。その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。わたしはまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。

 

私がヨハネの黙示録を読み込むと、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった仲間の僕である者たちの数が満ちるまでは、竜と獣と偽預言者が大暴れするの。だからしばらく静かに待つようにと告げられたと読めるのよね。

 

神の僕として額に刻印を押される者の数が満ちた時が終わりの時なのよ。それまでは竜と獣と偽預言者は放置されているのよ。

 

その様であるから多くの人が終末観にとらわれる現代において911311COVID19が、種も仕掛けもある謀略で、竜と獣と偽預言者の詐術、手品、マジックで、それを見抜けない大衆の世であったとしてもまるで不思議ではないのよ。だから終末感が漂うの。

 

マタイによる福音書 7

13「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。

14しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

 

終末観の感じさせる恐怖は娯楽の対象になどなり得ない深刻さを伴うのよ。神様の超能力が引き起こす恐ろしさで、催眠術師や手品師や世の超能力者などのエンタテナーの技が足元に及ぶところのものではないの。もちろん竜と獣と偽預言者のマジックも同じよ。千年の間縛っておかれると書かれているからね。それを経て死んだと思っていても、その後また暴れ出すのよ。そうして神様の超能力により本当の釣瓶落としにされると書かれているの。

 

この国では古くからそのことが悟られていて、一部の地域で妖怪釣瓶落として言い伝えられているのよ。そこに祝福と救いを見るのだけれども、自分の愛する人と共に狭い門から入ろうとしたら、人類全体にとって御子の御言葉はかなり深刻でしょ。

 

神様の超能力による深淵はそのような深刻さを伴うの。入ってしまうまでは娯楽で暇つぶししている余裕などないはずなの。そう思うのよね。

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十と十二の関係性。十干十二支として暦に浸透しているでしょ。

 

モーセの十戒とイスラエルの契約の十二だったの。十戒石板は契約の箱に納められているのよ。その契約の箱には辺が十二あるのよ。この解釈でいいの?と思うでしょ。

 

しかし古事記では永遠の命の象徴である乙橘姫命が八重の畳を三種用意してその上に座り入水したでしょ。そのことにより八つの角を持つ契約の箱の上にお祀りされている事を暗示しているのよ。角は三つの方向を持つの。

 

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その様にすべてが倒語(さかしまごと)で語られるなら、イスラエルの十二は契約の箱の十二辺の暗示と読めるでしょ。その中に十戒が収められているのよ。十二の中の十なの。

 

それはイスラエルの十二支族と失われた十支族にも対応しているでしょ。さらにそれは御子の十二弟子とお釈迦様の十大弟子にも対応してしまうのよ。

 

そうなるとイスラエルの十戒とお釈迦様の魔訶般若波羅蜜多は同じものとなってしまうのよ。だからお釈迦様が魔訶般若波羅蜜多の中で未来仏であるメシアを預言していたとしても何ら不思議ではないのよ。

 

十二に象徴される契約と十で象徴される戒めを、メシアと仏陀を通してこの世に広められた梵天、すなわち天父の御旨によるのよ。そう読めてしまうのよ。

 

それで十戒による魔訶般若波羅蜜多なのだけれども、御大層で凡夫になどには終生無縁の高嶺の花と思うでしょ。ところがそうではないの。

 

マタイによる福音書 20

 8夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。 

9そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。 

10最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。 

11それで、受け取ると、主人に不平を言った。

 12『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』

 13主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。 

14自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 

15自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』

 16このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」

 

神様は人を偏り見られないから聖書に名のある預言者やお釈迦様のような超人であろうと、俗世に生きる王であろうと凡夫であろうと、働き人に対する報酬は分け隔てなく永遠の命なの。

 

マタイによる福音書 7

7「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

 

マタイによる福音書 6

33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみ加えて与えられる。

 

求めるかそうでないかの違いだけなのよ。まるっきり別の物しか求めることができないから御大層な高嶺の花と感じるのよ。求める先を間違えると魚を求めるのに蛇を与えられかねないの。

 

神の聖者であろうと罪人であろうと報酬の一貫性が貫かれるところに神の聖性があるのよ。そのような魔訶般若を悟らず、求める先を間違えることにより人は裸の恥をさらすのよ。そう思うのよね。

 

マタイによる福音書 10

26「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。

 

なぜ隠されているかというと、試験において解答が隠されていなかったら試験にならないでしょ。授業の中に隠されている解答を自力でひねり出すから実力になるのよ。そうして働き人として報酬を受けるの。

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創世記 17

1アブラムが九十九歳になったとき、主はアブラムに現れて言われた。

「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。

2わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立て、あなたをますます増やすであろう。」

24アブラハムが包皮に割礼を受けたのは、九十九歳、 

 

マタイによる福音書 18

 12あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。 

13はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。

 

日本書紀の伊弉諾尊の黄泉比良坂での物語の一書に登場する菊理姫命は、きくり姫と読ませずに、くくり姫と読ませるのよ。菊花酒でお祝いする重陽の節句が九月九日なの。そこに九九の理が秘められているのよ。

 

その菊理姫命は白山比咩神と同一神なのよ。ここまでで九九の理が何を意味するのか明白になってしまうでしょ。白という字に一をくわえると百になるでしょ。ひめを比咩と書いてしまえば九十九匹と一匹の百匹の羊で、百はももなの。

 

伊弉諾尊は黄泉比良坂で千曳岩を閉ざす前に、追っ手を振り払うため三つの桃を投げ、大神実命と命名しているのよ。その岩戸が閉ざされた後に菊理姫命が顕れているのよ。これが古事記の、味方だけに通用する倒語(さかしまごと)なのよ。黄泉に降った伊弉冉尊はここで菊理姫として復活しているのよ。

 

大神実命は晴明神社の厄除桃であり、桃太郎さんの鬼退治の由緒までが伊弉諾尊の黄泉比良坂にあるのよ。

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 桃太郎さんの未申酉戌の方角の対角の丑寅を守護しているのが艮の金神で、鉞をかついだ金太郎さんなのよ。九九の理に背くとこの鉞で伐り倒されるのよ。

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重陽の節句の菊花酒は九九の理でお神酒に変えられた菊水なの。ワインに変えられた水なのよ。だから盃はお神酒の盃でなくてはならず水盃は水臭いとして嫌われるの。あの時代には水盃で神風を吹かせようとしたから大目玉を食らったのよ。

 

御子の水を飲ませてくださいという御言葉も倒語(さかしまごと)で語られていたのがわかるのよ。九九の理の父がアブラハムなのよ。そのアブラハムの僕が息子イサクの嫁探しの誓約でリベカにかけた言葉が、水を飲ませてくださいなの。山幸彦も海神の宮で同じことを言っているのよ。ここにご神前に供える真清水とお神酒の由緒が秘められているでしょ。

 

メシアである御子一択なのよ。その他の選択全てが六百六十六の獣の刻印を受けるのよ。そのようなことを思ってもみない人には何とも悩ましいと思えるでしょ。しかし聖書と古事記を倒語(さかしまごと)として読み込むとそのようにしか書かれていないのよ。

 

ヨハネの手紙 5

19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。 20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。 21子たちよ、偶像を避けなさい。

 

ヨハネの黙示録 18

4わたしはまた、天から別の声がこう言うのを聞いた。

「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。

5彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられるからである。

 

現代の政治も経済も、その他のすべてが天父の九九の理に背いているのよ。宗教も同じよ。キリストや仏陀を崇めていても、仏陀を灌頂し、キリストをお遣わしになられた天父の九九の理を悟れないでしょ。

 

その九九の理によりなった神道で席巻されたこの国が天国に一番近い島なのよ。全国八万社のお社がそれを物語っているの。だから世界で一番長い歴史を誇っていられるのよ。

 

しかしその島にも獣が上がり、天から火を降らされた末に、九九の理をまるで知らない獣の学問により席巻され、お社ごと獣と同じく沈みかけているのよ。

 

迷える一匹の羊のようになってでもその獣から離れなければその災いに巻き込まれるの。不義をお覚えておられる神がいつまでも黙っておられるとは思えないでしょ。

 

九九の理による御子の十字架が神宮の心御柱と明かされても、この世では大方がそれに呼応しないでしょ。だから形ばかりのお祭りは自粛させられるのよ。全人類が一蓮托生だから自然な時の流れでもあるのよ。そう思うのよね。

 

マタイによる福音書 18

13はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。

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阿吽



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八咫烏の三本足って八×三の暗示になっているのよね。それは貴船の暗示でもあるのよ。貴船に限らず方形の箱は縦横高さの三方向のベクトルの角が八つあるでしょ。それが神様の契約の箱であれば奉斎しているのは八×三の神遣八咫烏なのよ。

 

その箱の中に神器があればそれを取り巻く八つの角が八宝珠で魔訶般若の法輪を意味するでしょ。契約の神器は三種だから三種の神器と八宝珠の法輪になり、神器の中心が八咫鏡なのよ。

 

箱の上面の四つの角が天の四方で下面の四つの角が地の四方ともとれるでしょ。天の四方と地の四方の中心にお祀りされているのが八咫鏡なのよ。

 

大御神の岩戸開きの時に八咫鏡が調製されるまではその中心が十戒石板だったのよ。今では神宮の地下殿の貴船に石板が奉斎され、本殿の御船代に八咫鏡が奉斎されているという事なのよ。そして本殿と地下殿をつなぐ床下に心御柱が奉斎されていて、それは貴船と共にお祀りされている御子の十字架の形代なのよ。

 

すべてを八×三の八咫烏が奉斎しているのよ。だから走水の海で倭建命の身代わりで入水した弟橘姫は三種の畳を八枚ずつ敷いてその上に座り入水したの。八×三の貴船と共に祀られている身代わりの十字架を暗示していたのよ。

 

船は八と切り離せないの。ノアの箱船で救われた八人家族を舟八口で示し、ノアその人はアダムから数えて十代目の預言者なのよ。この十という数は命の木の十個のセフィロトであるし、八の船で救われた十代目の預言者なのよ。そして八の貴船の中の十戒なのよ。そこに十種神宝が見えるでしょ。

 

そのノアと神様の間で虹の七色の契約が交わされたの。ここまでで七八十が出て来たでしょ。そして九は古事記の中に出てくるのよ。菊理姫。古事記ではくくり姫と読ませるのよ。菊とくくと言ったら九月九日の重陽の節句、菊の節句なのよ。無縁であるはずがないでしょ。白山比咩神と同一神なの。

 

それで気が付いたのだけれども八宝珠の法輪に中心があればその中心は九でしょ。八咫鏡の中心が九なのよ。八咫鏡の中に七八九が秘められているの。虹の契約の鏡なのよ。虹の七色は無色の光の分光でしょ。それは白光なのよ。その光は元神様の光あれという御言葉でなったの。それが御子である光の誕生なの。これで七八九の由緒がわかるでしょ。

 

虹の契約の由緒なのよ。御父と御子と御霊の由緒なの。三位一体としてひとくくりにしてしまったら見失うのよ。そこに九九の理が秘め隠されているの。新約聖書では御子の、九十九匹の羊と一匹の羊のたとえ話が出てくるわよ。これで七八九十が出そろうでしょ。

 

虹の七色の契約による七つのお祝いなのよ。その道筋をお釈迦様が五六七とお示しになられたの。貴船の御子と七福神の渡御の道筋なの。

 

お釈迦様の弟子は十大弟子だったでしょ。十とは貴船の中に奉斎されている数だったでしょ。御子の弟子は十二弟子なのよ。十は失われたイスラエルの十支族、十二はイスラエル全体の十二でしょ。

 

貴船の辺は十二辺で成り立ちその中に十戒が奉斎されているのよ。イスラエルの十二と十の関係がそこにあるのよ。お釈迦様の魔訶般若波羅蜜多が十種神宝に匹敵するのよ。契約の貴船に秘められた十種神宝なのよ。完全に理外の理なの。

 

命の木のセフィロトの十はノアの数で、それから十二代後の二十二がイサクの数で命の木のパスの数なのよ。二十二代目がイサクという数え方は偽書とされているヨベル書によるのよ。賢しらなアカデミズムが偽書としていたらその偽書の方に目を凝らしてみなければいけないの。

 

イスラエルにおけるヨベルの年というのは七×七の四十九年を経た五十年目の大贖罪年という極めて重要なお祭りの年なのよ。そのお祭りをタイトルとして持つイスラエルの聖書が偽書って、キリスト教アカデミズムがいかにも冒しそうな過ちでしょ。何しろ三位一体だからね。この辺はもう直感の領域なのよ。

 

日本のアカデミズムも理外の理でものを考えることができないから何でも偽書と断定するのよ。偽書中の偽書とされている竹内文書などはノアの洪水以前の事が記されているらしいわよ。私は門外だからそこまでは踏み込む気はないのよ。

 

それでも旧約聖書と新約聖書と古事記は私の座右の銘の宝庫だからこだわらずにいられないの。この三書をつなぐ御子の御言葉が、水を飲ませてくださいなのよ。瓶の縁まで水を満たして宴会の世話役のところに持って行きなさいという御言葉でつながっているのよ。話がそれそうだから元に戻すわね。

 

貴船と八咫鏡は八咫烏の数霊ですべてがつながっているという話。貴船と八咫鏡を結び付けたのが八咫烏の陰陽道なのよ。その陰陽道は数霊のみではなく言霊も網羅しているのよ。その中心がやはり鏡なのよ。お正月の鏡餅の鏡開きなのよ。鏡餅とは年神様の依り代で年神様の居場所なの。

 

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私が見ると命の木の三栄光にしか見えないのよ。歳神様の依り代としてふさわしいでしょ。三輪山の大物主の神様とも無縁ではなさそうでしょ。三回転半の三栄光で、逆らえば三行半の離縁状なのよ。

 

その鏡餅は一月十一日に鏡開きで割って食べ無病息災を願う儀式が習わしなのよ。歳神様の鏡はどう考えても八咫鏡に他ならないでしょ。その鏡は岩戸開きと切っても切れないのよ。鏡開きと岩戸開きなの。

 

私が解釈すると、岩戸が開け大御神が復活し、その後に年神様をお迎えするお祭りなのよ。無病息災どころか永遠の命に至るお祭りなのよ。そこにかがみの言霊を見るの。

 

かがとは古語で蛇を意味するらしいのよ。蛇が見るからかがみで蛇の目となり、八咫鏡は蛇神様の目で龍神様の目でもあるのよ。蛇の目であり大祓の茅の輪であり日の丸であり太陽神天照大御神の目なのよ。それは伊弉諾尊の左目でもあるのよ。

 

そのかがみを開いて我を捨てるとかみになるのよ。八咫鏡を開いて悟りを得、自我を捨て去り梵我一如となるという事なの。父神を悟りその子となるという言霊なのよ。

 

命の木を蛇神様の火が三回転上昇するとビシュッダからアジュナのチャクラに至り、眉間の第三の眼が開け、残りの半回転でサハスラーラに至り命の木の上部の籠目である六芒星が完成してしまうということなのよ。

 

蛇神様の目で、かが目とすれば籠目の語呂合わせになるでしょ。その籠目は麻の葉模様なのよ。ちょっと苦しいかしら。でも籠神社の裏社紋は籠目に日月で伊弉諾尊の左右の目の意匠だったりするでしょ。片目だとどこかの結社のシンボルみたいでとてもネガティブな印象になり、忌まわしいから画像張らないの。

 

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 大御神のお札は神宮大麻でしょ。麻の葉模様と籠目の六芒星の合体には十二個の三角が顕れてくるのよ。大御神と十二はイスラエルの十二支族とユダヤの十二弟子と相まって切っても切れない関係なのよ。貴船の数でもあるでしょ。

 

そして籠目と鶴亀も切っても切れない言霊で唄われる関係でしょ。鶴亀と貴船の七福神も切っても切れないのよ。


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歳神様の鏡開きと大御神の岩戸開きなのよ。籠目開きの鶴と亀なのよ。うしろの正面は誰か知れてしまうでしょ。三柱の神様よ。

 

全て古事記で真榊とされた、命の木に包含される数霊と言霊の一端なのよ。理外の理の魔訶般若なの。阿吽



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マタイによる福音書 6

24「だれも、二人の主人に仕えるこはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富に仕えるこはできない。」

 

上の御子の御言葉に従えば神仏のスピリチュアルを語りながら幸せなお金持ちになるなどと言っている人のお里が知れるでしょ。金運上昇の祈願による開運などというのも誰に何を祈願しているのかわかったものではないでしょ。

 

ヨハネの手紙 一 4

1愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。 

2イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 

3イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。

 

使徒ヨハネによれば霊的なことを語りながら御子のことを公に言い表さない霊は反キリストの霊なのよ。そのようなスピリチャルが全盛でしょ。

 

マタイによる福音書 7

13「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

 

滅びに通じる門から入る者が多い世の中で民主主義の多数決で物事を決め、その決め事に従っていたら一人も狭き門から入れないでしょ。故に資本主義も民主主義も御子の御言葉に逆らうのよ。キリスト教も民主主義を受け入れているわよね。

 

ヨハネの黙示録 2

22見よ、わたしはこの女を床に伏せさせよう。この女と共にみだらなことをする者たちも、その行いを悔い改めないなら、ひどい苦しみに遭わせよう。

 

ヨハネの黙示録 18

4わたしはまた、天から別の声がこう言うのを聞いた。

「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。

5彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられるからである。

 

水を飲ませてくださいという御言葉は旧約聖書にも新約聖書にも古事記にも記されているの。

 

御子の御言葉は神代から永遠に変わることのない命の御言葉なのよ。

 

ヨハネの手紙 5

19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。 20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。 21子たちよ、偶像を避けなさい。

10869000210阿吽



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原始仏教の世界を知る人は歌舞伎聚楽主とお釈迦様の話を知っているはずなのよ。このブログでも何度か書いたことがあるのだけれども、歌舞伎聚楽主とは当時のエンタテナーたちの村の村長さんのことらしいの。

 

この歌舞伎聚楽主さんは言い伝えにより、日ごろ人々を楽しませる自分たちは死後天国に行けると教わっていたらしいのよ。それをお釈迦様に尋ねたらそんなことは聞かない方がいいとお答えにならなかったの。しかししつこく尋ねるものだから三度目にお答えになられ、人を笑わせ煩悩の炎を煽っているからには死後悪趣に堕ちるとお告げになったのよ。

 

それを聞いた歌舞伎聚楽主さんはお釈迦様の教えに泣いて喜び、以後お釈迦様の教えに従い修行の道に入ったという事なの。

 

この歌舞伎聚楽主を現代に当てはめるとインターネット上のインフルエンサーたちなのよ。すでにテレビや新聞、雑誌の広告はSNSにおけるインフルエンサーマーケティングにとってかわられようとしていて、小学生の将来なりたい職業の一位がユーチューバーなのよね。気のやさしい良い子が真面目にそれを追及して成功しそうであれば、親はそれを応援する側につくのは当り前よね。しかしそんなところにも落とし穴があるのがこの世なのよ。

 

電車に乗れば新聞など読んでいる人は皆無で皆がスマホをいじっているでしょ。もう朝から晩までインターネットのマーケットにアクセスしている状態なのよ。そのようなマーケットで誰しもが成功できるわけではないのに小学生の憧れとなっているの。

 

そのような現状を鑑みて気が付いたのだけれども、テレビがこの国で普及しだしたころからエンタテナーが広告塔として、マーケティングに欠かせない職業だったという事なのよ。広告代理店がその黒幕だったのよ。お釈迦様が悪趣に堕ちるとしたエンタテナーの量産体制を受け持ったのが広告代理店とテレビやその他のマスコミだったのよ。

 

資金力のある大企業のマーケティング戦略がそれを牽引してきたのね。このマーケティング戦略が富を量産するのよ。

 

そしてそれはキリスト教国の集合体であるヨーロッパにおける産業革命により生まれているのよ。それが安手の労働力確保のための人身売買と植民地主義につながったのよ。キリスト教が世界宗教になることとマーケットがグローバル化することは轍が一つだったの。

 

この国では鉄砲伝来による南蛮貿易の窓口になったのがキリスト教の宣教師だったことがそれを物語っているように思うのよね。明治維新以降の近代化、すなわち欧米化によってもキリスト教は日本人に歓迎されなかったけれども貿易においては舶来品が歓迎されたでしょ。

 

大東亜戦争の敗北後は国防を覇権国に丸投げして、経済至上主義で西側の経済大国の一員に加わったのよ。そして気が付いたら世界で一番古い国柄として誇るべく伝統的な美徳は、悪徳として廃されるような時代を招来してしまったの。

 

男女は格差のない一個人として人権を認められなければならず、そこに格差があってはならないのよ。何故神話の時代から現代にいたるまで国体を保ち得たのかなどは、経済的な利益しか目に映らなくなっている個人にはどうでもいいことらしいの。

 

幸福の追求とは個人の利益の追求でしかなくなっているのよ。個人の暮らし向きが他人に棄損されないように人権で保障されていれば幸福らしいのよ。巨大マーケットの収奪により老若男女が解体され連帯感を消失し、さらにそのような個人がマーケティングにより物欲を煽られ悪趣に堕ちるという負のスパイラルに巻き込まれるのよ。

 

ヨハネの手紙 5

19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。 20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。 21子たちよ、偶像を避けなさい。

 

子たちが偶像にあこがれ、そのようなものになりたがる時代に入っているのよ。それが御子イエス・キリストの十字架が神宮の心御柱と示されて二十年も経っているこの国の現状なの。

 

終末感が漂う現代に至っても、お釈迦様の預言した未来仏がとうに現れ、御言葉を語り十字架上で全人類の罪穢れを祓い、大御神としてこの国でお祀りされていると気が付かない大人たちばかりだから当たり前の流れなのよ。

 

その大御神の恩頼により長きにわたり続いてこられたのに、それを忘れて侮ってしまっては長いことないような気がするのよね。大昔のユダヤがそうだったでしょ。

 

国難どころではなく全世界に及ぶ艱難の時代なのよ。終息して元に戻れたとしても子供たちの偶像崇拝をもう大人たちは後戻りさせられないでしょ。そう思うのよね。

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大御神の心御柱が御子の十字架として出てきてしまったらもう誓約の大詰めなのよ。古事記では天照大御神と素戔嗚尊の誓約として描かれているでしょ。高天原の大御神のところに上る素戔嗚尊に邪心があるのかないのかの占いなのよ。

 

その誓約において三女神と五男神が生まれているのよ。これは造化三神の三柱と、その後の二柱を足した別天神五柱の暗示なのよ。その後に神代七代が続くの。三五七でしょ。それが雛人形の七段飾りの三人官女と五人囃子と繋がっているのよ。陰陽道の人形による呪術なのよ。

 

それが奥深い所で何を物語るかは大御神が御子であると見極められないとまるで判らないのよ。まな板で調理する御饌も真名井の清水もお神酒もすべて陰陽道では御子の御言葉を示すのよ。その御言葉を知らなければすべてが始まらないの。

 

その御言葉に照らして大御神と素戔嗚尊の誓約を読み込むとまるで知恵の輪が外れるようにスッキリしてしまうのよ。御子は御言葉により悔い改め幼子のようになってやり直せと命じていたのよ。だから大御神に対して邪心が無ければ、悔い改めて幼子のようになり、七五三のやり直しなのよ。そのようにして七五三のお祭りの意味することを悟るはずという誓約なのよ。

 

同時に邪心のなかったはずの素戔嗚尊がその後豹変して大暴れするでしょ。それが大御神の死に繋がるのよ。素戔嗚尊が大御神に対する従順と邪心の二役を演じているのよ。

 

なぜそうなるかというと素戔嗚尊が御父であり園の中央に陰陽二本の木を生やされた主神だからなのよ。それは大御神の死により天の岩戸を開き革命をもたらそうという主神の御心を暗示しているのよ。

 

そして大御神の岩戸が開けた後に、邪心を抱き大御神に敵対した神の子らの運命をも暗示し、高天原から追放されることまで演じているのよ。稗田阿礼さんの陰陽道の呪術による語りなのよ。神道の奥深さを垣間見せられてしまうでしょ。大学では教われないわよこれ。今、完全に御霊に感じて書いているからね。

 

そして御子の極めつけの御言葉が、私のことを信じない者が私のことを殺すのであるなの。その御子の十字架が大御神の心御柱なのよ。日本人は一部の左翼やカルト信者をのぞいては大御神に邪心など抱いている人はいないように思えるでしょ。

 

しかしその大御神が十字架上で死に三日目によみがえった御子であるとなったらどうなるのかしら。その御子の御言葉による誓約なのよ。それが主神である御父すなわち男神素戔嗚尊の御旨なのよ。

 

御子は私をお遣わしになった天の父の御旨を行う者が御国に受け入れられると御言葉しているわよ。それが古事記の大御神と素戔嗚尊の誓約の本質なのよ。

 

その本質により全人類が占われ、その大詰めを迎えているのに、余りの信仰心の無きが故に、全世界に対し御父の荒魂が働いているの。目を覚まし神に立ち返れというお慈悲でもあるわよ。

 

御父には最後に八岐大蛇を退治してでも救わなければならない神の子らがいるの。そう思うのよね。

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